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時は春、桃の花の香る3月、わかめの産地ではいっせいにわかめ刈りの小舟が出漁を始めます。地上では若芽が、海の中では若布が春の訪れを告げます。わかめは1年生の海藻で、冬から春にかけ急成長、3月には長さ60〜200センチにもなります。「若布刈る」「和布刈舟」という言葉は俳句の季語にもなっていますが、箱眼鏡で海の中をのぞきながら小さな鎌を付けた和布刈竿でわかめは刈り取られるのです。北海道でしか採れない昆布と反対にわかめは九州南部から北海道南部まで日本各地の沿岸に広く分布しており、最もポピュラーで手軽な海藻です。
わかめの古い呼び名のひとつは「和布」。これはやわらかい海藻という意味です。葉の中央の茎の部分の左右に羽の様にひらひらと海中に舞うわかめ、潮流が速く波の荒い所ほど新芽をふきやすく、葉も厚く身が締まり良質で美味なのです。波にもまれると人間も魚も良質になるのですが?美しいわかめの栄養価はハイレベル。カルシウムは牛肉の50倍、ビタミンAが4倍、ミネラルは20倍です。そしてカロリーはゼロ、アルギン酸という食物繊維を多く含む健康食品なので味噌汁、酢の物だけでなくお料理にもっと取り入れたいものです。
ところで現在ではわかめの90%が養殖されており、採取方法も風流に行われていませんが、産地では採取した生わかめを浜で天日乾燥し「干しわかめ」にしたり、熱湯を通してから塩漬けにし「塩蔵わかめ」にします。現在の主流は「塩蔵わかめ」で、三陸産が有名ですが、色は濃緑色で美しいけれど特有の香りに欠けます。又、加塩の量の表示に注意し塩増し防止の為40%以下の品についたJASマークを確認して買いましょう。「干しわかめ」は色は見劣りしますが磯の香りと歯応えがあり、新物の出回る3〜5月が買い時です。
葉を除いた茎の部分の「茎わかめ」は三陸産がおいしく歯応えと甘みと鮮やかなグリーンに魅力があります。わかめをすだれに広げ板状に乾燥した「板わかめ」は島根県出雲産が有名。茎にできる胞子葉部分の「芽かぶ」は徳島県の特産で、松と杉の木灰をまぶして乾燥した灰干しわかめの「鳴門わかめ」も忘れてはならないでしょう。サザエさんに登場するわかめちゃんもかわいいですが、わかめを食べたらいくつになっても若女?になれると信じるのおかめ心か乙女心からでしょうか?続いて次は「ひじき」。
ひじきは100%天然物の褐藻類の海藻でほんだわらの仲間で、北海道南部から九州南部までの太平洋沿岸、日本海沿岸の一部に広く分布しています。ひじきもわかめと同じく旬は3〜4月。伊勢ひじき・房州ひじきといったブランドが有名ですが、各地で採取開始が決められているのです。ひじきは潮間帯の岩肌に、はうようにして生育していますが、春になると小枝や葉が長さ1メートルにもなってびっしりと茂ります。干潮の時それはまるで敷物・カーペットの様に見え「ひじきもの」という名前で歌にも詠まれています。
「思ひあらばむぐらの宿にねもしなんひじきものには柚をしつつも」これは「伊勢物語」で在原業平が詠んだ歌です。「春雨やひじきものにはかれつつじ」と歌ったのは芭蕉門下の其角です。春の海のひじきのカーペットは風情ある情景であり歌人の想像力・詩心を誘ったのでしょう。もっとも現代の人にはひじきのじゅうたんより空飛ぶ魔法のじゅうたんの方が夢があるかも知れません。
ところで、鹿には尾がなく短い黒い毛がひじきに似ている理由からひじきは奈良時代に「鹿尾菜」の名でデビューしました。平安時代の百科辞典「倭名類聚鈔」という書物にも登場したひじき、今も昔も庶民の食物であります。カルシウム・鉄分・食物繊維も豊富なひじき、五目煮・ひじきごはん・白和え・卵焼き、忘れてならない家庭の味はあきのこない春の味。煮たひじきはちりちりなので下手な字を「ひじきの行列」というのですが、生のひじきは堅くて渋みがあるため、7〜8時間蒸し、天日乾燥したひじきを煮るのです。茶褐色から黒色に美しく変身したひじき、風味・歯ざわりが良く生ひじきより勝っています。何故なら市場に出回っている生ひじきは実際の生ではなく乾燥品を蒸してもどしたものだからなのです。
さて、家計を占める食費を示すエンゲル係数より、子供にかかる教育費エンゼル係数が高い現代、エンゲルの法則に従って貧困度を減らし富裕度を増すとすれば海藻を食べていれば良し、健康も美人度も増すというもの。市場に春らしい魚がお目見え日が待ち遠しいけれど、市場に働く人の心はいつも春。3月になれば桜の咲く日、じきにやって来るのです。(K・F)
横浜魚市場卸協同組合 |