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栴の花が散り,桃の花と菜の花の咲く3月。ひな祭りに春色に染められた花を飾る時,昔のお嬢様も現代のお嬢様も,いくつになっても華やいだ気分が致します。桃の節句に蛤のお吸いものを作るのは,古くからのしきたりで女の子の幸せと貞節を願うためです。
蛤はちょうつがいから離れたら元の殻同士でないと決して合わないという特性があります。このすばらしい特性を人間は見習うべきだと,江戸時代より婚礼の祝宴で蛤のお吸いものを頂くようになりました。歴史はさかのぼりはるか縄文時代では,日本民族は貝類が大好きで,中でも蛤をたくさん食べていました。平安時代になるとあわびと同じく貴族社会の宴席料理に登場していました。
さて,蛤は日本の北海道以南の各地沿岸・朝鮮半島・中国沿岸などに生息しています。大きさはSサイズから,8〜9センチのLサイズまであり,マルスダレガイ科に属しています。貝穀の厚み色合いは白から茶色の濃淡まで,いろいろな模様があります。蛤の出身地により,ストライプあり水玉ありとネクタイ同様バラエティーに富んでいます。
シナ蛤」はちょうつがいが比較的小さく「朝鮮蛤」は殻が厚いけれど外見は薄く見え貝全体のふくらみも少なく単色系です。日本産の蛤,いわゆる「地蛤」は,貝殻は薄くふくらみがあり,表面はなめらかで中身はたっぶり,風味とコクもトップクラスです。現在地蛤の漁獲量が激減し,90%は輸入ものですが,最近は中国から輸入されたものを日本の近海に放流するなどし,日本産・外国産,入り乱れています。しかし何といっても日本産。なかでも有名なのが伊勢湾・千葉県の内湾・徳島の吉野川河口です。「その手は桑名(食わな)の焼きはまぐり」と東海道中膝栗毛の中の弥次さん喜多さんのせりふに出てくるように,三重県桑名の蛤は,知名度99%。焼き蛤・しぐれ煮は,桑名の特産物になっています。しかし今ではあまり取れないのが現実です。
「雪見酒には蛤が似合う」という言葉の通り,蛤がおいしいのは秋から2月頃までです。ひと昔前までは,ひな祭りに蛤を食べるのはシーズンの食べ納めをも意味していました。一年中出回っていても中身が太っていて甘みが増すのは寒いシーズンだけで,夏は産卵期のため味が落ちるのです。
蛤は形が栗に似ていることから「浜栗」とも書きますが,色も形も味も良い地蛤,シンプルな調理方法がベストです。貝類は魚類に比べて水分が多く,タンパク質や脂質の量は少ないのですが,魚類にはないグリコーゲン・あるいはコハク酸が豊富です。コハク酸は清酒のうまみでもありますが,蛤のおいしさの正体はこのコハク観で,これに甘みを持つアミノ酸がプラスしておいしさ倍増となるのです。また貝類のおいしさは水に溶けやすい性質があり特有の風味を生み出します。ですから蛤のお吸いものは美味この上ないのです。
蛤を海水の濃度の塩水につけ砂をはかせきれいに洗い,水から貝を入れ,口が開いたらすぐ弱火。加熱しすぎないことがポイントです。しぐれ煮・どびん蒸し・炊き込みご飯・チーズ焼き・グラタン・酢の物・軽く煮てすし種等々,何にしても上品な味わい。
ところでひな祭りには市場価格がぐ−んと上がってしまう地蛤。高くなっても食べたいけれど,市場で扱う者にとっていやな欠点があります。それは,地蛤の方が弱いこと。それは取り方によるもので,中国では一つひとつ手で取るけれど,日本では機械の手(ケタ)で取るから舌がキズつき弱くなるのです。取扱いには注意。これは一見気の強い日本女性だって取扱いによってはめげる事もあるという事実に似ています。でも優雅で上品な女性も,けっとばされる程強くなるじゃじゃ馬もひな祭りには,蛤は好きなのです。
以前京都旅行した時,日本酒と炭火で焼いた蛤の美味だったのを思い出しました。そして京のおみやげは蛤の貝紅でした。外の絵柄の美しさもさることながら内側の紅を指でさす仕草は乙女チックで,源氏物語に出てくる桐壺になったようなきがしました。もっとも,はでな濃い紅色は,今の時代にはミスマッチ。金魚をくわえたロのようで,猫は飛びかかってきても男性は逃げていってしまうかも知れません。
ところではまぐりの倒語で「ぐりはま」という言葉があります。俗に思い通りにならないこと,物事がくいちがうことをさします。もうからない時,商売はいつもぐりはま。さけたい現実。ここはココハマグリーンシティ。市場はクリーン全てにおいてせりのおもしろさにはまってもパチンコ・競馬にははまらない。商売は手さぐりでも努力する。一枚貝・二枚貝,二枚舌でも努力のかいがあればいいのに。(K・F)
横浜魚市場卸協同組合 |